グローバル育児®五感力

ダークネス(Darkness)を引き寄せる私のアイデンティティー

私はダークな人を引き寄せてしまうところがあるようで。
そうだな。そうかも。
私には小学校から高校までの多くの時間を一緒に過ごした大親友がいる。
彼女は3歳の時、身体の一部に大きな火傷を負った。
彼女はやけどの痕を気にしない日はなかった。
火傷の痕を気持ち悪いと言った人を私は子どもの頃から何人も見てきた。
高校生になってもそういう人がいた。
行く先々で、必ずそういう人に出会った。
その度に「どうしてこの人は原因を知ろうとしないのかな?」
「あなたも火傷を負ったら同じようになるのに。気持ち悪いって言われたらあなたは悲しくならないの?」という言葉を込めて睨みつけた。
だけど反対に「どうしたの?」「やけど?」「大変だったでしょう」と言う人もいた。

人の弱さ、脆さを知っていて、 相手の身になって声をかける人。
人の弱さ、脆さに鈍感な人。

この違いはどこからくるのだろう?

10代の頃はぼんやりとしていたけど。 母親になってピンときた。
自分を知っていない。 主観が強い。 勝ち負けからの優越感。

物事にどんな反応をするのか、確かめ合う時間が少なかった親子がダークな世界を作る。
私はダークネスとは距離を置きたいのだけど、 長い間ダークネスに敏感に反応してきたので、そうもいかず。

個人なら心の闇を放っておけばどうなるか。
組織の闇は、個人の心の闇の集積だ。
組織の闇を放っておけばどうなるか。
立ち行かなくなる時が必ずやってくる。

今週私は、思い切ってダークネスから距離を置いた。 私は明るいところが好きだから。 http://springtity.jp/?p=1336

チャレンジ1年目 等身大の人といるから成長する

今朝こんなニュースがスマフォに流れてきた。

『横浜市の公立中学校の教師が
「クラスが思うようなメンバーにならず悔しい」とツイッターに投稿し、
生徒に読まれていたことがわかった。』
http://news.livedoor.com/article/detail/13039543/

多くの親は、先生としてのモラルが・・・という視点から入るだろう。
子どもたちの気持ちがっていう視点から入るだろう。

実名を伏せていても、わかる人にはわかる。
つぶやきを繋げていって、繋がっている人たちを見れば、
どこでなんの職業についていて、なにに興味があって、
どんな悩みを抱えているのかが。
毎日、その人の話す言葉を聞いていれば、余計わかる。
これも、グローバル社会の一つの特徴。

私は「先生、本音をありがとう」と思った。

学校の先生はビクビクしすぎてる。

本音を知られたら困りますって、行動に、言葉に、
顔に書いてあるよ〜ってツッコミたくなる。
親たちは、自分の子どもを守りすぎ。
子どもたちは、親が思っているよりずっと大人だし、自分の考え、意見を持っているし、
親以上に鋭く人の気持ちを感じ考察している。反抗期ってそういうものだ。どいつもこいつも嘘ばっかって思ってる。

毎日学校で感じていること、建前ばかりの
日本の教育は先進国の中で遅れをとってしまった。
グローバル化に対応した教育の遅れに繋がった。
OZスクールツアーに参加して激痛感した。日本で報道されている以上の遅れだった。

20代の人達から、グローバル化に対応した教育が必要だったと感じた。

本音を出さないのは、教育現場だけのことじゃない。
日本人の多くは相手を「傷つけてはいけない」という
強迫観念が根底にあるから、本音を隠してしまう。
でも苦しくなって、ツイッターにつぶやく人たちの多い事。
陰でヒソヒソコソコソするから、大事になっちゃうんだよね〜。

陰でヒソヒソコソコソしてしまうのは、アイデンティティーが確立されていないから。

自分の生かしどころ、魅力がわかっていないから。
私も時々そう。建前ばっかで疲れちゃった。

だから今日は本音を。炎上覚悟で。

公立の先生は、何十年先生やってても半人前なんです。
だって、先生っていう職業しかやったことないんだから。
守られた籠のなかでしか、働いたことがないんだから。
大空を、広い世界を、リストラを、明日仕事や会社がなくなるかもしれない恐怖を知らないのだから。

前出の先生、言えばよかったのに。生徒たちに。保護者に。正直に。
「みんなと一年間やっていくことが不安でいっぱいです。
先生一人ではどうすることもできないこと、多くの失敗をすると思います。そんな時は助けてください」って。

先生の悔しいつぶやきの裏は、不安な気持ちでいっぱい。

不安な気持ちは
生徒たちにも親にも、誰にも隠さなくていい。

二女の学級通信「チャレンジ No.1」
不安・失敗・1ヶ月で体重3kg減・・・・・
不安という言葉がいっぱいの学級通信。
先生、そうだよね。
わかるよ、不安な気持ち。
みんな、不安でいっぱい。泣きたくなる日もある。
いや泣くよね。帰りの車の中とかで。
私は新宿歌舞伎町の真ん中で大声で泣いた(笑)

毎日笑顔で、生徒の前に立ってる先生なんて、私は怖い。
人間だもの、喜怒哀楽があるから、人間なんだ。偽る必要なんてない。

等身大の人といるとね、あなたも私もお互い伸びるんだよ!!

娘とお友達、そして私も、
今年も素晴らしいチャンスとチャレンジを掴んだな。
チャンスは前髪。

出会いの数だけチャンスがある。

行動の数だけチャンスがある。
あなたの成長が、子どもたちへの最高のギフト!!

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Strange persons みんな違うから面白い!客観的イメージと自分軸と相手軸

Strange personsと過ごす日々。
多様な価値観の中にいると、
否が応でも、自分の価値観も相手の価値観もビシビシ感じる。

私が通った学校は、ヘアースタイル、身につけているもの、
聴く音楽を通し
”世界に向かって自分を表現する”
ということに、命をかけているような人たちの集まりだった。
単なる毛髪ではなく、身体ではなく、肌を覆う衣服ではなく、
自分の根源的なアイデンティティーをこれでもかと主張しあう。
恐れず、迷わず、捉われず、自分の信じる世界観を
全身全霊で表現できる場所だった。
そこにはいつも温かなものが流れていた。
一体感があった。
初めて学校で感じた、あの温かさや一体感は何だったのだろう?
どこから来ていたのだろう?と卒業してからも事あるごとに考えていた。

 

Strange personsは自分の価値観をとても大切にしていたけど、
クールな一面もあった。
どんな世界観(価値観)にも敬意を表するリスペクトがあった。
相手に対する客観的イメージをちゃんと持っていた。
そして、自分に対する客観的イメージも持っていた。
比較するのではなく、私には真似のできない世界観
まったく違う世界の住人という立ち位置で、
付き合っていた。

価値観が客観的イメージを超えていなかった。
等身大だった。

 

自分の基準を持っていて、
”世界に向かって自分を表現する”ということに、
命をかけていた人たち。
自己主張の激しいStrange personsが集まっていても、
あの場所に一体感や温さがあったのは、
自分を知っていて、
価値観が客観的イメージを超えてなかったからだ!

 

私もあなたも、み〜んなStrange personsなのだ。

自分は普通の人間だと思っている人ほど、
Strange personだ。

Strange persons is a result of great individuality!!

恐れず、迷わず、捉われず、上品に、信じた道を行け
他愛のない自分から脱却しよう!

 

 

 

この考え方を発達障害かもと言われた子どもに当てはめていったら、
子育てはとても楽しいものになった!

多様な価値観を認めあう場所には、
グローバル育児®アイデンティティー教育が必要なのだ。

 

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